並木良和さんの統合ワーク
本来私たちのあり方は調和そのものであるという視点から
「同情と共感は違う。」
並木さんのこの言葉を聞いて、本当にハッとしました。玉石混淆の多くの人と関わると、なぜかどっと疲れて、自分の波動が下がっているのをいつも感じていたから。これは私の「同情」が原因。
共感力という言葉の意味だけ捉えると、相手の気持ちを理解したり、推しはかったりしながら、寄り添う力の事のようですが、エンパスと言う場合は、相手の感情やエネルギーに対して敏感で、共感力が人並み外れて強いことを指します。
https://tensai-seisakusyo.com/empath-8/ 共感力が高いエンパスとは?リアル特徴20選と3つの対策より
私はエンパスで「同情」する才能に長けていたんです。笑
辛そうで困っている友人や不満やストレスを感じている友人に、自分の波動を相手に合わせて(下げて)同調し、思い切り自分が体験してるかのようにバーチャル体験して寄り添おうとしたり、自分と相手の距離を縮めようとして境界線が薄れたり。別れた後も、相手のことを同情して、自分に何かできないかと考えていたり。
自分軸がぶれぶれでした。
でも、相手を思うってそういうことだと本気で思っていたのですよ。そうしてきたことで、「晴美ちゃんは、自分のことをわかってくれる。親身になって聞いてくれる。」と言われてきたし。私が同情すれば相手の気が少しでも軽くなるんじゃないかとか、相手のために良かれと思っての行動だったから。
小さい時からそういうことをして「思いやりのある人になりなさい」とか、「人との調和を大事にしなさい」とか、「同情」と「共感」の違いを知らずに、そうすることが美徳だと教え込まれてきたからね。
アメリカ人はなんて鈍感なんだろうと、ギャップを感じていましたし。
「同情と共感は違う。」この言葉に出会って、今まで数十年生きてきて、目から鱗でした。
でもここから大逆転。「同情」と「共感」の違いがわかったんだもん。これに気づいて、過去や現在の自分の心の動きをしっかりと観察し始めて、外に見える世界や人に「共感」しても、感情的に同調していく「同情」をしない訓練を始めました。

「感情的に同情してしまうと、あなたもその人も、この次元から抜けられなくなります。」
並木さんはこう言われます。本当だ〜。今までの私の同情は、相手のためにもならなければ、自分のためにもならなかった。ごめんなさい。
「何か人のお役に立てることがしたい」とか「人の喜ぶ顔が見たい」といった、本来私が持っている純粋な気持ちの裏に、「思いやりのある人と思われなくちゃ」とか、「気配りができる人と思われなくちゃ」というスニーキーな「刷り込み」があるということにも気づかされました。
これって、思い切り「外向きの意識」です。笑
世間の親は「思いやりのある子に育てなきゃ」とか、「気配りができる子に育てなきゃ」とか、普通に躾と教育をやってきたし、社会で生きていくためににもそうすべきだと言われてきたからですよね。
「同情」しない、つまり周りに「同調」しないっていう行為は、勇気がいります。「同調」して、思いやりのある人として認識されて、好意を持たれていた今までの次元から、離れるってことだもん。周りに合わせることが全ての世界、つまり「眠りの次元」からお別れすること。そういう、以前の私と居心地が良かった友人知人は、きっと離れていく。
私はそれでも「眠りの次元」から目を覚ますことを決めたんです。そして私がなぜここでシェアしたかったかというと、私の内面のこの小さな変化が世界に影響すると本当に思ってるから。
「皆さんが合わせることをやめて、自分に一致して(心地よい自分に調和するっていう意味だと解釈してる)、そして自分で生き始めると、ただ自分で生きているだけなのに、みんなと歩調が合っちゃうのがわかるんです。これが本来の僕たちのあり方なんです。」
「僕たちの本当の姿っていうのは、調和そのものなんです。つまり今までの調和なんて、似非の調和なんです。」
並木さんのこのポイントが、私のストライクゾーンでした。外に合わせて自分を変えるのではなく、外を変えようとするのでもなく、本来ある自分の中の大調和に自分を一致させていこう。いかなる時も、自分を一致させて自分の中に調和を生み出そう。実際に、外を変えようとするよりも意外と簡単なのかもしれない。
自分の人生を自由に体験したい人、そして本来の大調和なる自分へ目を覚まして生きたい方と共感を生み、このメッセージが伝われば幸せです。
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