次のチャプターへ

同じグループの中に長く属していると、当たり前になってしまうことや期待が、多くを失うきっかけになるのだと思う。

私は10年間仕事として属しているグループがあって、数年前まで家族のようだと思っていた。

トランプ大統領が当選した時に、そのグループ全員が絶望感に陥って、全員で輪になって手を繋ぎ、悲しみのお祈りをしようということになった。もちろん仕事に集合体の重いエネルギーが影響した。

私はその時、全然悲しくもないし、ましてとても喜ばしいことだと思っていたから、その悲しみのお祈りにとても違和感があったのを覚えている。団体に属すというのは、たとえ一人であったとしてもそういう違う価値観の人の心を見過ごしてしまう危険性があるのだなぁと、その時学んだことだった。

私は違うとその時は言う必要も感じないほど、私は私と思っていたし、別に手と手を繋いで祈っても、私の祈りはみんなの幸せだった。

それまで家族のように思っていたそのグループも、それ以来距離を保って冷静に観察し始めたんだけれど、何かが私のあり方としっくりこなくなって、ちょうど今このソーシャルディスタンスがきっかけで、一つのけじめをつける時だよと心の声が聞こえた。

自分の意思で、自分のあり方に沿って、自分の行動や居場所をサクッと決める。

弁解の必要も、後ろめたく去る必要もなし。どちらに良いも悪いもない。ただエネルギーが合わなくなっただけの話だから。

この10年間の思い出をありがたいと思って、前に進もう。一つのチャプターを終えれば、次のチャプターが始まる。

自分に合うもの、やっていきたいこと、ワクワクすること、誰とやっていきたいかを見定めて、選択していくって、なんて気持ちの良いことだろう。

古いもの、自分に合わなくなったものを断ち切るって、みんなに与えられた自由意志であり、自分を愛することだと思う。

皆さんにも何か決断する機会が巡ってきていますか?サクッと決断できそうですか?

今日も読んでくださり、どうもありがとうございました。

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