
人間ならば誰にでも、現実の全てが見えるわけではない。多くの人たちは、見たいと欲する現実しか見ていない。
ユリウス・カエサル(紀元前100年 – 紀元前44年3月15日)共和政ローマ期の政治家、軍人であり、文筆家。
今朝私のアメリカ人の友人がフェイスブックに投稿した言葉に、いろんな事を考えさせられました。
「私のフェイスブック上の多くの友人を、スヌーズセッティングで30日間見えないようにしている。自分の権利を侵害されてると感じて、経済を再開させよ、強制的ワクチン反対、公の場でマスクを着けないというのなら、どうぞSNSの友人リストから私を削除してください。あなたの愚かさと言い争う時間はもったいないんで。」
自分の意見は正しいけど、そうでない意見は聞く価値もないほど愚かだという在り方ですね。
面白いなぁと思ったのは、この投稿に100人ほどからのいいねとかハートマークがついてる所。「周りの人たちも自分と同じ考えを持たないと絶対に許さない」と布教活動に勤しむタイプで、一応のところ布教に成功しているわけです。笑
そしてこれが、彼女のさらなる正義感を奮い立たせる。
私が、彼女の投稿にピクっと反応したのは、やはりまたしても私の中に「正義感」がまだあるからなんですよね。以前も統合ワークをして手放したのに、まだ残ってる。(統合ワークをお知りになりたい方は、上の青字をクリックしてくださいね)
私の中にそれがなければ、彼女の投稿を見てもふ〜んで終わってるはず。
承認欲求が示す無価値感。
なぜそれが私の中にあるのか理由は少しわかるけれど、そんな理屈なんかいらない。自分の本来の周波数ではないから即手放そう。
この彼女、一見こんな風に発言して強そうだけれど、その裏は実は埋められないほどの無価値感や寂しさが潜んでいる。この地球で、育つ過程で、心に色々な傷をおったまま今に至っているんだなぁ。彼女のインナーチャイルドが少しでも癒されますようにと願いたくなりました。
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