日本人のもったいない文化

我が家では、雑草が生えて欲しくない所に、上の写真のように芝刈り機で刈った芝生/Grass Clippingsを捨てずに再利用しています。雑草が生えるのを防いだり、水分が蒸発するのを防いでくれます。それから窒素を多く含み土や植物への栄養になるんですよ。

さてさて、今日は日本人のもったいないという文化のお話です。

私が育った頃は、お米の一粒まで大切に残さず食べると教えられたものです。ご飯茶碗についた米粒を、丁寧にお箸で最後まで残さず拾って、ツルツルのお茶碗がご馳走さまの感謝の印でした。

お百姓さんが汗水流して、丹精込めて育ててくれたお米だから、感謝して食べようという愛があったと思います。

「いただきます」という習慣も、植物や動物などの生きとし生けるものの命をいただきます、そして食卓にのぼるまでに、収穫したり、屠殺したり、料理したり、そういう大切な過程を代わりにやって下さってありがとうという意味がある。

食事を残すと、「もったいない」「粗末にするな」と、ものすごく怒られたものです。

日本人は、こんな素敵な文化を持っています。

アメリカ人の主人と生活を共にして、この点で文化の違いがありそうだと気づきました。

アメリカ人にもったいない文化が通用するのか。

この「もったいない」の本来の意味が仏教の「この世に何一つとして独立して存在しているものはない」という「空」(くう)の思想や「物事はすべて繋がって存在している」という「縁起」(えんぎ)の思想に通ずるということです。つまり、すべて当たり前ではなく、何一つとってもすべては有難い(有ることが難い)ことであり、私たちは支えあって「生かされている」という真実が「もったいない」という言葉の根底にあるのです。こう理解すると、「もったいない」の意味に「神仏・貴人などに対して不都合であること」が含まれていることに納得できます。つまり、目には見えない力や働きに助けられていることへの懺悔の念と感謝の気持ちです。

大來 尚順 : 浄土真宗本願寺派僧侶 https://toyokeizai.net/articles/-/153266?page=3

私が料理したものを、主人が残して腐らしてしまうことが多々あって、Please don’t waste it. 無駄にしないで欲しいって言ったら、I’m not wasting it. 無駄にはしてないよって言われました。

コンポストして良い土になるんだよと。笑

間違ってはいないです。

主人はハンティング/狩をします。狩をするネイティブアメリカンには、聖なる動物の尊い命を頂くという観念があるようです。仕留めた鹿などは、弔いと感謝のリチュアルをして、無駄がないよう全てを大切にいただくそうです。ネイティブアメリカンの血を受け継いでいる主人は、これを理解していると思います。

人間が食することができない部分は、他の動物の栄養となる。そして土となる。

これも「この世に何一つとして独立して存在しているものはない」という「空」(くう)の思想、そして「物事はすべて繋がって存在している」という「縁起」(えんぎ)の思想。

主人のお陰で、違う観念も受け入れることができ、少し視野が広くなった気がしました。

今日も読んでくださり、どうもありがとうございました。

Leave a comment