
何が真実か、何が嘘なのか、わからなくなるような時代がやってきますよと、10年以上前から聞かされていたけれど、思い返せばそれが今かぁと心の準備はできていたつもりでも、やはり集合体のエネルギーが荒々しくなっていて、その影響を受けずに、自分を「澄み切り」の状態にするのはチャレンジングです。
「澄み切り」という言葉を初めて聞かれる方もいらっしゃると思います。
私が大好きなこの言葉は、合気道の極意なのですが、開祖、植芝盛平先生について書かれた『合気神髄』という本に監修された道歌に出てきます。
すみきりし 鋭く光る御心は 悪魔の巣くふ すきとてもなし
植芝盛平先生は、「独楽はな、高速で円転するほど中心軸が安定し、静止しているかの様に見えるものじゃ。心身五体五感の作動も又同じ。この境地を『スミキリ(澄み切り) 』と言う」とおっしゃっています。
どうすれば「澄み切り」の心でいられるのか。
合気道を稽古する。笑 流石に、これは一つの答えだと思います。
合気道は、道場の畳のうえで稽古するだけでなく、日常生活に生かすことが真の稽古であると、植芝盛平先生はおっしゃっていたそうです。
技を覚えても、黒帯をしめていても何の意味もない。何のために稽古しているのかという究極の目的を理解し、行動に移す事。
合気道は、愛気の道。すべての行動、言動に、愛がベースにあるかどうか。
私に、嘘か真かわからなくなる時代が来ると言ってくださった方が、その対処法として「八正道」の教えというのがあると紹介してくださいました。
心を正しく導く8つの仏教の教えです。
今考えると、自分が受け取る、自分にしっくり来る情報、自分にとっての真実とは、自分の精神、心、身体の状態次第であるということだったんですね。
それが真実であるか、そうでないのか、人に惑わされる事なく自分で判断できる状態にしておく必要があります。
私たちは、頭を使った固定観念、先入観からの判断(見解)は、いつでもできます。
一人一人違った見解が存在するわけです。
この見解を使って物事を見てしまうと、正しく見ることはできない。
この動画の中で、「見解、破るところで正見なのです。」
つまり、「固定観念、先入観、文化、歴史、民族的な決まりも、全部置いておいて、その場で見てみるのだということなんです。」とスマナサーラ長老は言われます。
また、剣術の構えに、正眼(せいがん)の構えというのもあります。これは中段の構えの中の一つ。
<中段の構え>
・正眼の構え・・・剣先を相手の喉元に定める
・青眼の構え・・・剣先を相手の左目に定める
・晴眼の構え・・・剣先を相手の眉間、眼と眼、その中心に定める
・星眼の構え・・・剣先を相手の顔面の中心に定める
・臍眼の構え・・・剣先を相手の臍の辺りに定める
すべて「せいがん」と読みます。素晴らしい〜。
これらが何のためにあるのか。
身構え、心構えのことであり、相手の動きにも応えやすく柔軟に対応できる型としてあるのだそうです。
目はやや細目にして、相手の全身に注ぎ、常に心の目をもって、特定のものを注視していない状態。
つまり囚われのない、自由自在の在り方。
心を、そして身体を自由にさせておく構え。
物事をありのままにみる、覚醒のための極意でもあります。
では、なぜこんなに玉石混交の情報が撒き散らされているのか。
私たちはどうしても自らの見解を使って、感情的に反応してしまう。
Stop reacting and start creating. 反応するのをやめて、創造する事を始めなさい。
David Cameron Gikandi著 Happy Pocket Full of Money, p.100より抜粋。https://www.hollyworton.com/wp-content/uploads/2011/03/ahappypocketfullofmoney.pdf
反応が判断/ジャッジになり、意見が分かれ、分断に繋がる。
何のために違いがもたらされているのか。今、この時期に、なぜ世界がカオスになっているのか。
陰謀論が本物かどうかを観るのでもなく、誰が光で、誰が闇なのかを探すのでもない。
この正しく囚われのない心で観る事を促されているのだと、私は思う。
そう観るのであれば、究極のところ、このカオスの本当の意味は人類の統合のため。
日本は、今世界に必要な叡智に溢れている。
私たち日本人がお役目を思い出して、私たちの希望の世界を一緒に創造していきたいと思いました。
今日もここを訪れてくださり、どうもありがとうございました。
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