日本の曖昧文化

アメリカ生活も私の人生の半分になりつつあり、改めて日本の文化の素晴らしさを再発見している昨今です。

物事に白黒つけず、自主性は持っていてもはっきりと言わない日本人の曖昧さの素晴らしさ。

はっきりと言わないと伝わらないアメリカ人社会で、大変苦労してきました。

アメリカに留学に来たての頃は、言語の壁がまず先に直面する挑戦でしたから、YESかNOかはっきりと言うなんて、聞かれてる質問自体がわからないので言えないんだなぁ。爆

ヌフフって笑ってごまかすしか反応できなかった。

きっと変な子だったと思う。

主人にも何度もはっきりと言う訓練をさせられました。笑 心を読んでもらえないので、はっきりと言わないと伝わらない、、、、。爆 本当にモヤモヤする。

私は、心を読めない主人に、心をもっと読んで欲しいと思っているし、いまだに主人を訓練したいと思っている。笑 国際結婚夫婦の面白いギャップです。

でもね、「どちらでもいいですよ」と日本人が自分の意思をはっきりと言わないのは、自主性がないからとは限らないのですよ。アメリカ人にはそういう風に捉えられますけどね。

全てを包含する高い所から物事を見渡せる視点。こう言うとカッコよく聞こえますね。

可も不可もない、全てを認めるグレーゾーンでニュートラルな立ち位置。

All OKの、宇宙的観点。

悪をも認め、咎めず、抱き参らせる母なる大地のような包容力。

2600年間に渡る分離の時代が終わりに近づいた今、この日本人の曖昧文化が必要とされる時がやってきていると思います。

これから始まる統合の時代の入り口へと世界を導くお役目を、日本人は与えられているのではないでしょうか。

そうであれば、日本人としてとても光栄です。

今日も読んでいただき、どうもありがとう。

Leave a comment