二極化よりもちょっと高い視点で見てみる

「ちょっと高いところから、アメリカで、いや世界で起こっていることと自分の関係を見てみよ」というメッセージを今朝受け取れた。

またまたスクリーンに映し出される映像に頭を突っ込んでいる自分を発見したから。

これはお馴染みの古いパターン。

そういう自分を発見したら、自分の「中心」にしっかり戻すという繰り返しで微調整すればいいと思う。

自分軸メンテナンスですね。

どの情報も意見からも離れて、「一喜一憂するおもちゃ」も手放してみようと思う。

臨場感を持ってリアルに体験し、感情の上げ下げを体験するシアターから出て、無限大の空間に身を置いて外の空気を吸う感じ。

アトラクションいっぱいの遊園地だという人もいる。

シアターの中にいると、なぜに呼吸が浅くなるのだろう。没頭しているからかな。

正義感とか、「〜べき」のジャッジが、3Dメガネのように映像に凸凹を与え、自分の外で起こっている世界を自分の内で起こっているかのようにリアルに見せてくれる。

その「必ず正義が勝つ」「不正は暴かれるべき」といった正義感、「正しい意見を持った私を認めて欲しいという」認証欲求、「他人を否定」する自己肯定感の低さや自己欠乏感という擬似体験おもちゃで遊べるシアター。

何事も自由意志に任されているのだから、どのおもちゃに良いも悪いもない。

二極化の範囲でうろうろする遊びは、本来の創造主である私たちの「在り方」ではないということを、都度思い出すだけ。

バランスの取れたニュートラルで無限の視点に立ち返ってみようと思った。

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