異なるという視点の使いかた

アメリカに住んでいると、私が日本では経験しなかった沢山の異なる人種の人と関わることが、ごく日常的にあります。

日本人とアメリカ人のハーフとか、複数の違う人種とのクウォーターとか、先祖が何処どこからの移民だったとか、考えられないほど複雑になっています。

どこの国の人ですか?と聞くと、お父さんは〜人、お母さんは〜人、おばあちゃんが〜人で、おじいちゃんが〜人で、ひいお爺ちゃんは〜国から来ていて、、、とかもう、とんでもなくすごい話です。笑

アメリカは「人種のるつぼ」と言われますね。

日本ではこういうことは希少なのかもしれません。

その「人種のるつぼ」にポイッと飛び込んだ私ではありますが。笑

今世日本人であるということは、私にとって心から誇りに思うし、他の人種より劣っているとか優っているとかいう考えもありません。

日本人として生まれて来たのは、それなりの役割があってのことだと思うし、幸せだなぁとしみじみ思います。

今メディアが報道しているアメリカの表立った政治では、その人種の違いという面が、ポジティブにその異文化を捉える動きよりも、ネガティブに捉えて分離を起こすための武器として使用する動きが促進されているように見えます。

どの時代の独裁者もその武器を使いこなしてきました。

まさに心理をうまく利用した情報戦争

過去に起こった様々な差別、人種間や宗教間の戦争などに視点をわざわざ戻し、優劣や加害者と犠牲者を浮き彫りにすれば、その歴史がねじ曲げられた事実であっても、今それがまだ起こっていて屈辱されているかのような幻想を生み出すことも可能だし、「人種のるつぼ」の側面を利用してアメリカ国民の怒りを煽って内部分裂させることは簡単だと知っている人たちの目論見です。

例えば、白人の警察官による黒人の一般市民に対する暴力。

このイメージを必死で刷り込むために、多々起こされ、クローズアップされる偽旗事件。

これはアメリカでは起こしやすく、日本では起こしにくい目論見かもしれません。

人間の誰にでもあるそういう劣等感とか自己肯定感の低さを、強かに政治的に利用して、分離へ向かう集合意識を作り上げるためのプロパガンダ作戦は過去にも使われて来ました。

トランプ大統領が白人至上主義者であるとか、女性を蔑む男性優位者であるとか、ナチズムを受け継いだ独裁者であるとかいう真実ではない情報を拡散し、プロパガンダに使った理由も明らかにわかります。

そして言論の自由を奪うという手段も過去に使われてきた常套手段です。

でも今はその仕組みに気付いて、世界中で屈せずに声をあげる人が多くなったと思います。

覚醒している国民がアメリカの大部分を占めてきた今、アメリカをいやもはや世界全体を意のままにしようと企むグローバリスト勢力やプロパガンダや言論弾圧を扇動する少数派を覆す力は、マックスに達したと思います。

この違いの豊かな国、アメリカが融合へ向かえば、鳥肌が立つほど物凄い力になると思うのですが。

私が住んでいる間に見てみたいと思います。笑

今現在、世界中のどこで何が起こってもおかしくないほど緊張感が高まっていると思うのは私だけでしょうか。

やはり私たち一人一人が、こういう人間の心理を理解し、世界で何が起こっているのかを全体像として見据えた上で、どの選択をするのか、どう行動するのか、全て私たち一人一人の責任であると知ることだと思います。

「私は関係ない」は通用しなかった、そして一人一人の責任であったと認めること。

私たちの住む地球を平和にしたいのであれば、自分の中にある劣等感とか自己肯定感の低さに気づいて、それも自分の大切な経験の一部だったと認めて、少しずつ自分の心の中の葛藤や非難の声を緩め、なだめて安らかにしていくことかなぁと思いました。

今日も読んでくださってどうもありがとうございました。

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