やはり外より内

アメリカでもワクチン接種の義務化が、エビデンスに裏付けられた安全性や国民の安全を守る補償を確立せず、国民の自由意志を尊重する権利を犯してまで、ごり押しで推し進められていていて、わたしを含めワクチンは打つ必要ないと決断している人たちにとって(ワクチン反対派ではない)、ワクチンパスポートやID証明によって、施設の使用制限、教育や医療を受ける権利、働く権利までもが脅かされて大きなストレスを生んでいます。

そういう流ればかりでなく、プッシュバックの運動も起こっていることはとても良いことだと思います。

これは集団免疫を良しとするわたしの属する教育現場にも大きく影響していて、わたし自身も感情的にブレないで自分の意思を貫いていることがチャレンジです。

20年も勤めた職場を離れる決断を断腸の思いで下した友人、子供達が学校でワクチン未接種で差別やいじめを受けるのではないかという不安を抱える友人、家庭内で分離した意見の中で暮らす友人、リタイアまでまだまだ時間があるのに働けなくなる不安を毎日感じて職場に通う友人、時世の会話で質問されその場の空気を濁さないために接種したと嘘をついた罪悪感とそれが知られるところとなる恐怖を感じながら過ごす友人。

その他、ものすごい数のストーリー。

わたしの外側に見えている周囲の人たちがリアルに感じているこの恐怖と不安を、わたしとは関係ないとは言えない。

前にも書いたけれど、わたしの厄介な正義感や同情などが働いて、本来のわたしの在り方/自分軸がどうしてもぶれてしまう。

わたしがこれを体験すると決めたのだからこれも自己責任です。笑

だから気分的に重い日もありますが、ニュートラルからずれたら自分で戻す。日々これの繰り返しです。笑

ワクチン接種済みの人には全く理解できないことかもしれないけれど、これが違うサイドから見た今の現実です。

もしかしたら日本の団体主義、調和を重んじる周りへの配慮から、ワクチン接種済みの人が周りへ感染させないために家族や友人知人に接種を促すケースがもっとたくさんあるのかと思う。

自分の自由は認められても、相手の自由は認めない。

「〜すべき」

究極のところ本来の私たちに「〜すべき」ことなんて何にもない。

全て自由意志。

誰かに何かを強制されていると感じているのも自分が作り出しているイリュージョン。

誰かに何かを強制されることに自分が許可しない限り強制される現実は作り出せないから。

内側に不足を感じるから外側にその不足の原因を押し付ける。

完全なる外側依存のレシピです。

外側に良い悪いのレッテル貼りをやめて、自分たちはみな本来自由な存在であることにみんなが気づけば、この政治的に作りあげられた狂気のドラマから一歩離れて、一人一人が穏やかで調和的でいられるのかなと思う。

自分の外世界をいじるより内世界を整える。

やはりこれが唯一の改善策だと言いたくなりました。

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