失読症の生徒に教わること

ピアノの生徒で進みの遅い子がいて、レッスンで練習するところを指摘すると、一気に目の輝きとやる気が失せてしまって、後味の悪く終わってしまうことが何度かあった。

楽譜を読むのに時間がかかり、拍とリズムの感覚がいくら教えて弾いて見せても、身につくことが期待できないでいた。

楽しいレッスンを第一の目的にしているので、顔が曇ってしまう生徒がいると、私の中ですごくモヤモヤして、どうにか楽しませてあげたいなぁと試行錯誤が続いていた。

レッスンを続けて1年と2ヶ月ほどになるのだけれど、先週やっとお母さんが「この子は失読症/Dyslexiaがあるので、理解して消化するまでに時間がかかるのよ」と教えてくれた。

それ、もっと早く知りたかったなぁ。

楽譜が違って見えるらしい。

白と黒の配色も見づらいらしい。

もしかしたら二分音符や四分音符や八分音符などの違いも認識しづらいかもしれない。

目から入ってくる情報と体で感じることの連携になってくると、小節線があっても拍のまとまり感や継続感が理解しづらいのかなぁとか。

私のアプローチの仕方に幅を持たせる良い機会が与えられたと思う。

逆の立場に立つと、先生からの期待に応えたい一心で、生徒として辛かっただろうにと思える。

子供達はプライドも高いし、認められたい。

私は生徒に対してものすごく辛抱強いタイプだと思うし、生徒の気持ちを汲むのも自信がある。

「もう少し辛抱強く教えますね」と言ったら、その生徒のお母さんが「いや、先生はものすごく辛抱強く教えてくれていると思います」と言って安心させてくれた。

やはり親としては自分の子供に辛抱強くなることが難しいのだと教えてくれた。

これはピアノを教えるという立場で学ばせてもらったことだけれど、ピアノと関係のない人間関係でも相手の事を分かっているようで分かっていない部分の方が多いのだということに気付かされて、こちらの見え方ばかりに偏らない、自分本意にならないように気をつけたいなぁと思った。

慈悲の心。

まだまだ学べることに感謝して。

2 thoughts on “失読症の生徒に教わること

    1. はじめまして。あたたかいコメント、どうもありがとうございます。

      その生徒は、決められた枠にはまらず自由でクリエイティブなことにズバ抜けていて、私も感化されます。

      失読症という疾患だと診断されているかもしれないけれど、私たちにただ得意と不得意があるように、何かが欠けているとかハンディーキャップだと捉えるよりも、得意なところにアプローチして才能を伸ばしていってあげたいなぁと思いました。

      ありがたいことに生徒には沢山教わります。笑

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